酒と魚とゆかいな仲間達

八百新酒造㈱の蔵人たちでお酒のことや身近な出来事をグダグダと書きつらねていきます。

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s.minagi

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雁木でございます

ちょこっとだけ釣行記

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先日、河豚を美味しくいただきましたが
みなさん御承知の通り山口県は河豚が特産として有名です。
(庶民のわたくしらは山口に住んでいても滅多に口にする機会はございませんが・・・。)

その「ふく料理公許第1号」として広く知れ渡っています山口は下関にございます

『春帆楼』(しゅんぱんろう)
http://www.shunpanro.com/
fugu.jpg
の社長様が

「料理に合う酒はコレだ!」ちゅうことで
我が社の雁木をご指名くださいまして、担当のマネジャー様が蔵にまでお越しくださいました。

明治二十年、伊藤博文がふらりと春帆楼に顔を出しました。海が時化続きで魚がまるで採れない日で
困り果てた女将藤野ミチは、お手討ち覚悟でご禁制のふく刺し身一鉢を出しました。
豊臣秀吉による「フク禁食令」(朝鮮出兵の際、肥後名護屋城に駐屯していた兵士に
フク毒中毒死が多かったため禁止した)が当時まで続いていて、明示十五年初布の刑法の
違警ざい罪目に「河豚を食ふは拘留科料に処す」と厳しく定められていた。
しかし禁食令は表向きだけで、下関の庶民は昔から手料理を食べていましたし、伊藤公も
高杉晋作ら幕末志士と何度も食べていたのでその味は知りつくしていたそうです。
でも、公は初めてのような顔をしてその美味を賞賛、翌二十一年に当時の山口県令(知事)原保太郎
に命じて禁を解いてくれました。こうして春帆楼が「ふく料理公許第一号」と
広く知られるようになったのです。
春帆楼は、春の海をゆったり漂う帆船を心に描いて、伊藤博文公が名付けたそうです。
その壮厳な佇まい、格調と気品の高い雰囲気は数々の歴史の表舞台を偲ばせます。~パンフレットより~


ちゅう歴史ある由緒正しいところに雁木がメニューに採用されるのは喜ばしいことですな

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